歩み(過去の日記6 2019年11月~12月)



12月30日
 ・ どうでも何でもよくて、期待も何もなくて、ただ今度はどういう展開になるのだろうか。。。と眺めているような感じで、その時思いついたことをてきとーに話していると、楽でぶつからなくて、結局、その時に思いついた通りに事が運んで、相手も、よく分からないけれど渋々という感じでもなく、納得してしまっているような感じでスムーズに流れて。小さなことですが、この感じは、今までは余裕が無くて経験できなかったことのような気がします。

 ・ もし、ここからの人生が、遥か昔の生命本来を生きていた時と同じ、ただただ平和と健康そのものになっていったら、それは、未来へのとんでもなく大きな原因となるなあ、とお茶を飲みながらぼんやり想っていたら、そのタイミングで、窓の外の電線に鳥が飛んできて、まるで「そうだ、そうだ」と言ってくれているみたいに感じられてニヤニヤしてしまいます。ハッピーな気持ちは、鳥たちも嬉しいんだなあ。



12月27日
 これから先、どんなことがあるんだろう。5年後、10年後、15年後、どこに居て、どんな毎日を送っているんだろう。この頃、これからのことを想うと、すごく嬉しくて、楽しい気持ちになります。何となく、もういいんだなという解放感みたいな気持ちと、これからだなあととても幸せな気持ち。この12月は、私にとって、来年に向けての、大切な気持ちの移行期間みたいな気がします。




12月25日
 本来の変化は、その時が来れば何のぶつかりも無く普通に流れいくものだから、何も心配は要らない、とふと想いが湧いてきます。何か嬉しくて健康でいるのも、身体がすっきりしておしゃれを楽しむのも、肌が健康的であるのも、家事を楽しんでいることも、平穏な毎日を過ごすことは普通のことだし、当たり前のことだし、そんな気持ちで毎日を過ごしていれば、そうでないものはより顕わに姿を現してくれて、そして普通に起きるべくことが起きて、知るべきことを知って、流れていくのだなあと。ただただ、全ては必要性。いつも安心に包まれている。




12月22日
 岩塩(ブラック、レッド)を、日常の料理やスープなどで摂ることが普通になって、私の場合は、ここにきてむくみ(静電気)が大きく動き出したのか、自然に体形が少しずつ変わってきて、何となくジーンズやTシャツが以前より(それなりに)似合うようになってきたなと、最近感じています。夜になると、お腹がパンパンに張っていたのが、いつの間にか無くなってきて、お腹周りが(前よりは)すっきりしてきたのはとても大きいです。ジーンズというテーマ一つとっても、それが女性らしく自然に馴染むのには、浄化されるべきいろんなテーマが絡んでいるのかもしれないと想うと、今は、ずっと前のささやかな望みのその具現化だなあと感じられて、ほんわりと嬉しさが溢れてきます。
 気持ちが変わってきて、それから身体が変わってきて、それから周りのいろいろもそれに連動して自然に変わっていくのかなと思うと、今は、何かただ、元気に健康で毎日を普通に過ごすこと、それだけだなあと。




12月19日
 何故そういう状態になってしまうのか、その人も分からなくて、でもその事実があって、今まではあり得なかったようなことが、逆転現象のようにして起こってしまうということなのか。。。これから、こんなことが増えてくるのかな、と思うような経験をしました。同じ空間に居て、楽であれば一緒に居られるし、きつくて苦しければ、一緒には居られなくなってしまう。どちらでも、どうでもいいところに居て、これから、自然に住み分けが始まっていくのかな。




12月17日
 男性と女性が、お互いを当たり前に尊重し合って、仲良く楽しそうにしている風景って、いいなあと想います。それは、人間としての基本の基本のように感じられ、そしてその感覚は、自分の中深くにある、その風景の記憶が元気になるから感じられ、自然体で実践できることなのかもしれません。
 女性は男性の所有物とするような、永い間に染み込んでいた歪んだ価値感情が、この頃沢山浮き上がってきていたのかもしれないなあと感じます。けれど、その重たい思考や感情に抵抗する気持ちも何も要らなくて、先日のワークを経て、何かほわんとした気持ちが元気になっています。ただ、変化する全ての中にいて、どうでもなんでもいいな、という気持ちがパワフルになっていくこれから。嬉しいな。




12月14日
 この12月に、カラフルなTシャツにジーンズ姿で、元気そうに毎日出かける姿は、多分、今まで以上に相当な違和感になっていて、(どこで何をしているのか?)と怯えが隠せず、その何でもない一言に乗る感情のすごさは、正直に伝わってきます。問題事を作り出そうとする、その重たい思考に、今までどれだけ付き合ってきたことだろう、と想います。
 穏やかで何もない、健康で平和な風景を喜ばない意思。これから、もっともっと顕わに、表に出てきてしまうであろうその非人間性を、ただ観察して、どんどん元気に、きれいに?なっていくぞー。




12月12日
 無有日記に触れていると、今は、右肩の痛みが繰り返し出てくるのと同時に、言葉にはなりにくいですが、女性として癒されるべき、染み込んでしまっているテーマが、今まで出てくることのなかった様々な気持ちになって、深くから出てきているように感じます。今回、女性としての人生を、無意識に、こういうものと枠にはめていた意識が、何か変わってきていて、そういう発想すら持つこともなかったことがふと浮かんできて、自分なりにそれを感じてみると、手に強い反応があります。これから、思いがけない展開や、環境の変化などがあるのかもしれないなあと、そう思うこと自体が、今まではなかったことです。
 全ては必要性であれば、それは自然に無理なくそうなっていくから、今のこの気持ちの動きも、そのまま感じています。




12月10日
 今までLEDだったスポットライトのところが、そうじゃないものに替わっているのに気が付いて、「LEDでイチゴが溶けちゃうんですよー。このままでお願いします。」とお店の人に言ってみると、「あーそれよく聞きますね、、、分かりました」と。1年以上前に、お店の人にフォトブックを渡してLEDの害のことを伝えたことがあるけれど、そのLEDのスポットライトのところは替えてくれる様子はなかったので、ここへきてお願いしていないのに替わっていることがちょっと意外で、偶然だとしてもこういう流れもあるのかな。何であれ、毎日のお買い物で、こういうお店に助けられているなあと感じます。もしかしたら、以前、目や耳にしたLEDの影響のことをふと想い出して、何気にそうじゃない選択をする人が出てきているんじゃないだろうか、、、そうだといいなあと、何となく想いました。




12月8日
 太陽が元気だから、お昼ごろ半袖で歩いていても、背中や腕がポカポカしていて、昨年の自分を思うと何だか信じられない現実。昨日は、時折、太陽の光が厚い雲を突き抜けて照らしてくれていたけれど寒くて、それでも半袖にシャツを一枚羽織っただけで外を歩いていて、最高気温6℃だったことを後で知ってびっくり。電車から降りるときに、初めて、すれ違いざま「あっ半袖、、、」と、かすかにささやき声が聞こえてきて、嫌われているというか、アホ扱いされているのが分かるけれど、それで益々、(よーし、もっと嫌われよう~)と元気になってくる気持ち。




12月7日
 身近な人と道ですれ違った時に、こちらは気が付くのだけど、相手が全く気が付かないままということが何度か続き、今まで、そういう時に、度々動きが止まる(こちらの自由を喜ばない、べたっと残って思考を忙しくさせるような)言葉や視線を向けられる経験をしたことをふと思い出して、何か、相手のペースとこちらのペースが、微妙にズレ始めているのかなと、最近感じます。何も考えず、今の自分なりに自由に動いていると、普通に出来ることが少しずつ変わってきて、もっともっと自由に動きたいなという気持ちが元気になってきます。




12月5日
 ・ 着る服が、どんどんボーイッシュになってきて、だからといって男っぽくなる、という訳でもなくて、とてもシンプルにちょっとした色や形を女性として楽しめるようになってきて、私はずっとこうありたかったんだなあと、忘れていた感覚を思い出したように、今日も半袖で街を歩きながら、ふと嬉しさが溢れてきました。
 お気に入りのジーンズとTシャツ、リュックを肩に掛けて、颯爽と(のつもり)歩いていて(そういえば、しばらく出ていた痛みが出てこない、、、)、カッコイイなあと、アホみたいに想う自分がなんだか嬉しくて、ただウキウキしてきます。身体は、年と共にそれなりになっていくと思うけれど、気持ちはいつまでも若々しく、無邪気でいられるなと思うから、その気持ちがきっとまた形に反映されて、いつまでも楽しいなあって。周りがどうであれお構いなしに、この気持ちをどんどん元気に、周りにまき散らしていこう。


 ・ 特別なんて、本当はないことを知っているから、そこに少しでもその意識を感じると、緊張して切なくなり、思考が忙しくなる。振り払い、そこから離れたい気持ちが強くなる。意地悪で、狡賢い、特別とされる立場や言葉を利用しようとするその意思に、反応し続ける。動きを止めるそのエネルギーは、厳しく観る。ふと、そんな想いが出てくる。


12月3日
 最近は、朝起きると関節は痛く、全身筋肉痛のようになっていて、顔も変になっているけれど、普通に動けるし、今日は風(空気)が柔らかくて本当に気持ちよく、日中は普通に半袖で過ごせて、嬉しい12月。昨日も今日も、朝の電車の中の風景が今までと違っているように感じて、(あれ?いろんな色があちこちに見える、、、)ずっと黒の世界だったのに、何か変わってきたのだろうか?太陽が元気になってきて、黒が少しずつ力を持てなくなってきているのかな。




12月1日
 ・ 朝起きて、12月はのんび~り過ごすぞーと想っただけで、なにか嬉しくなってきます。この頃は、街を歩いていると、今までになくあちこち痛くなるけれど、気持ちはのんび~り。ゆったりした時間を大切にしたいから、やらなきゃいけないことが、手際よく済ませられるようになってきているように感じます。今日も、太陽が元気。


 ・ このところ、乗っている電車が急停車することが2~3度続き、その度、「車内の非常ボタンが押されたため、安全確認を行います」とアナウンスが流れます(結局、何事もない)。今日は、急停車した時、同時に、一気に身体が熱くなり、着ていたシャツを脱いで半袖になり、電車を降りてからも全然寒くなくて、そういう反応をしたことで、これは?と感じます。そういえば、2~3日前にも、エレベーターに乗っていたら、突然「何かありましたか?」と、警備員さんの声が聞こえてきて、どうやらベビーカーに乗っていた小さい子が、非常ボタンを押してしまったみたいで、お母さんがインターホン越しに謝ってはいたものの、全く悪びれた風でもなく、子供に注意するでもなく平然としていて、それもやっぱり同じようなことが、つい最近もあったなあと思い出します。人に迷惑をかけても平気、という無感覚振りというか、心の無さが、だんだんとあちこちで表に出てきているのかなと感じます。


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11月29日
 久しぶりに青空と元気な太陽が眩しく、それだけでうれしくて、普通に半袖のまま、早朝からほんの1~2時間で嘘のように手際よくたくさん家事が片付き、気持ちよく外へ出ると、さすがに肌寒かったのでシャツを羽織ったけれど、太陽に照らされながら歩いているとやっぱり暑くて、その後から帰宅するまでずっと半袖で過ごしました。街を歩いても、電車に乗っても、この時期のTシャツ姿は見たくないものなのか、誰からもほとんど無視されているような、嫌われているような感じがして、それもまた楽しい経験です。
 外の空気が冷たくても、少し歩けばすぐ暑くなるから、まだまだ半袖は活躍しそう。




11月28日
 今朝、目が覚めた時に、自分はみんななんだな、地球なんだな、、、とふと想えて、今まで、自分だと思っていた自分だけの自分(変に、自分個人を意識する思考)を、違う場所から感じられるような感覚を持ちます。
 どんな些細な感覚も、その場所に居れば当たり前に大切にできて、オープンでいられて、染み込んでいる、日本人独特の重たい価値感情(自分を取り繕う謙遜や遠慮、卑下することを美徳とする)から自由でいられる。自分を守るために、無意識に合わせていたことも、もうそうでなくてもいいと思える。心はみんなのものだから、そのままオープンでいられれば、みんなが嬉しい。ただ、普通に。そう感じられる今。




11月27日
 安心は、とても力強くなっていて、そのままをそのままでいられることを感じられる。だから、それへの抵抗も、焦りのような動きも、目の前の風景から把握できるけれど、だから安心が大きくなっているんだなあと感じられて、そこに思考が働かない。




11月21日
 普通に、気持ちが動き始めて、何も考えず動けていて、そうでなかったことが分かる。できないこともよく分からない程、気持ちに相当なブレーキがかかっていたことを、動けている状態になって知る。気持ちさえ自由だったら、何だって出来るように思う。それくらい、気持ちって大きい。嘘の思考にジャマをさせず、何も考えず、想いつくまま、今出来ることをし続ける。




11月19日
 できても、できなくても、どう思われてもどちらでもよくて、そのままでいる。入り込まれて、自分で処理できない思考や感情も、それを思考で判断せず、そうなってしまっている自分をただオープンにする。身を繕い、恥をかくことを何より嫌う心無い意思は、それを隠そうとするその気持ちをずるく利用しようとするけれど、その思考も感情も嘘で、本来の自分ではないことを知るから、感覚は感覚のままでいる。調和ある、優しい関係性を喜びとするのが自分。ただそうである自分から今を観て、何も考えずに動く。今、この瞬間だけに居る。




11月16日
 電車の窓から、光り輝く太陽と青い空を見ていたら、サーっと視界が開けて、遠くにすっぽりと雲に囲まれた富士山が見えた。遠くどこまでも晴れ渡った空だったから、富士山の周りだけに雲がある風景が、今までになくとても不自然に感じられた。思わず太陽を見上げて、「がんばれ~」と想った。




11月15日
 今日は、いつの間にか雲一つない青空。太陽に当たっていると、やっぱり半袖でも暑くなる。陽が沈む時も、どこにも雲が見えなくて、うれしかった。無有日記に触れて、時々出てくるどうしようもない悲しい気持ちも、元気になってきた今だからこそ、安心して出てきてくれるように感じられます。太陽の光に照らされて、どんどん回転して、処理されていくといいな。
 昨日も今日も、カフェにいると、次から次へと全身黒づくめの装いの人が周りの席に集まってきて、今日は、そのことをノートに書き始めたら、いつの間にか傍に、きれいな色のハワイアンの恰好をした外国人のカップルが座って、その後も黒い人たちが来なくなって何か面白かった。黒に、何となく今までにはなかった怖さのようなものを感じるようになって、だから、太陽からかけ離れたその色から自由になって、本来のハッピー感をどんどん大きくさせていこう。




11月13日
 先日のワークの後からは、寒気と共に、イヤと払い退けたいような気持や、切なくて悲しい気持ちがたくさん出てきます。ワークで教えてもらったことを想っていると、ほんの30分~1時間ほどで湿度計の表示が40%から49%になっていて、身体から出ていく静電気なのか集まってくる静電気なのか分からないけれど、その湿度の変化に驚きます。
 今朝は、雲が厚くて太陽が見えなかったけれど、買い物の帰り道、ふと何気に想ったことがあって、そしたら急に、雲間から太陽が現れて空が明るくなって、背中がほわっと温かくなりました。ああ、そうなんだなあって嬉しくなる。太陽が応援してくれている。




11月11日
 調和ある関係性には、信頼や生かし合う喜びがあるだけだから、ただそうであれるよう、要らないものを外しながら、大切にその原因を育んでいきたい。そうして少しずつ育んでいられたら、知らなくてもいいことは、その時が来るまで知らないままでいられて、その時は、とても自然に迎えられるような気がする。
 知らされて、気持ちにブレーキがかかり残ってしまう時は、そうさせる意図的な動きがあることを感じる。テーマによっては、簡単にスルーできない時もある。そうすると、何度も人を替えて、同じ働き掛けがある。その時の心の動きは、自然じゃないから、それは(その原因は)嘘なんだなと感じて、無視して外す。




11月9日
 昨夜と同様、寒気がしてそのことを日記に書こうかなと思い、その前に無有日記を読んで、早速下書きしていた日記を、青いボールペンで書いてみたら、とても軽く感じてなんだか嬉しい気持ちになり、身体が一気に熱くなってきて、その日記をアップするのをやめました。無有日記がアップされる度に、様々な反応がありますが、心が喜んでいるんだなあと感じます。



11月7日
 ・時々、GAPに寄ってみると、今はアウトレットコーナーにカラフルなTシャツが沢山あって、安いから嬉しくなって買ってしまいます。毎日着る服だから、気軽にいろんなきれいな色を楽しめる、こんな手頃な値段のTシャツがすごく有難くて、薄いTシャツだったら2枚重ね着したり、首に綿の薄手のストールを巻き付けたりすれば、多少肌寒い時間帯でもそれだけで十分です。この頃は、半袖でいるだけでチラッと見られることが多くて、健康で元気でいることは、それだけで影響力があるんだなと感じます。


 ・人は、優しい想いが普通にあると思うから、そうではない何かが意思表示するような出来事があった時、それに対して抵抗するような不安は持たなくていいんだなと思います。全ては、必要性の中に居ると感じると、人として、優しい平和な気持ちは全ての基本だから、自信を持ってそのままでいて、そしたら、その時きっと、何かが力強く流れて、そのままではいかない道が普通に出来るんじゃないかと、今は感じられます。
 LED照明で、おかしくなってしまう自然界の動植物の姿や、道路がひび割れたり陥没したり、コンクリートや鉄が脆くなったりしていく目の前の事実を見て、何とかしなくては、と想うのは、普通の人の普通の反応だと思います。だから、ただ、訪れるタイミングの時に、何も考えず、思いつくまま伝えるべきことを伝えて、人として当たり前の気持ちを表現するだけ。




11月5日
 真、て、、、と、街の雑踏の中を歩いていてふと想った。真っ青な青空が広がっていて、太陽が光輝いていて、今日も半袖でも暑いくらいだったけれど、周りを見渡しても半袖の人は見当たらない。電車に乗れば、いつも色がなくてモノトーンの暗い世界。眠りこけている人も、たくさんいる。目の前のことは、そのままそこにある本質を現わしているだけだけど、それを感じる感性が繋がっているところが、真、なのかな。この人間社会には、真はどこにも見えないように感じるけれど、自分がふと想うこと、感じることに真は息づいていて、それは自然界とも、その空間とも繋がっているのかなと、何となくぼんやり想って、何かうれしくなった。




11月3日
 ・自然界の動植物とのコミュニケーションって、思考とは全然別のところで行われているのかなあと、ふと感じられるようになってきて、優しい気持ちになる。感じることはあっても、そういう風に考えたことはなかった。でも、本当はずっと行われていた営みなのかもしれないな。だから、LED照明に対して、思考ではないところで動き出す何かがあるような気がする。自然界を破壊するLED照明が好き、ということがどういうことか知って欲しい。身体の中にいる微生物たちだって、いつまでもLEDに付き合っているわけない。


 ・普通の人だったら、いくつになっても、むじゃきな気持ちはずっと大切にされるもの。だって、その気持ちは、それが伝わりあう空間では、何もかもが優しくなるように感じるから。
 それを怖がって、バカにして、そこに一切の価値を認めようとしない空間にいて、不安になって、自信を無くして、自分を見失って、そしてまた、自分を取り戻して、自信を持って、むじゃきな気持ちを全開にしていく。ただただ、周りの自然界が嬉しい、優しい空間を創りたいだけ。だから、その無表情も、無関心も、冷たさもお構いなしに、それを自分の内側一杯に大きくさせていく。




11月1日
 何か、とても力強い、平和で揺るがない、そんな想いが湧いてきます。これが本当の自分の想い、なのかな。本当は、こんな想いがあったけれど、そうは思えなかっただけなのかな。この感覚でいいという、自信のようなものが、初めて少しだけ持てたような気がして、目が覚めてすぐ書き留めた。今日の太陽と、雲一つない青空。半そででも暑くて、何をしていても身体の芯がずっと熱くて、汗をいっぱいかいた一日。






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