日記
                                                 

過去の日記1    

11月21日
 普通に、気持ちが動き始めて、何も考えず動けていて、そうでなかったことが分かる。できないこともよく分からない程、気持ちに相当なブレーキがかかっていたことを、動けている状態になって知る。気持ちさえ自由だったら、何だって出来るように思う。それくらい、気持ちって大きい。嘘の思考にジャマをさせず、何も考えず、想いつくまま、今出来ることをし続ける。




11月19日
 できても、できなくても、どう思われてもどちらでもよくて、そのままでいる。入り込まれて、自分で処理できない思考や感情も、それを思考で判断せず、そうなってしまっている自分をただオープンにする。身を繕い、恥をかくことを何より嫌う心無い意思は、それを隠そうとするその気持ちをずるく利用しようとするけれど、その思考も感情も嘘で、本来の自分ではないことを知るから、感覚は感覚のままでいる。調和ある、優しい関係性を喜びとするのが自分。ただそうである自分から今を観て、何も考えずに動く。今、この瞬間だけに居る。




11月16日
 電車の窓から、光り輝く太陽と青い空を見ていたら、サーっと視界が開けて、遠くにすっぽりと雲に囲まれた富士山が見えた。遠くどこまでも晴れ渡った空だったから、富士山の周りだけに雲がある風景が、今までになくとても不自然に感じられた。思わず太陽を見上げて、「がんばれ~」と想った。




11月15日
 今日は、いつの間にか雲一つない青空。太陽に当たっていると、やっぱり半袖でも暑くなる。陽が沈む時も、どこにも雲が見えなくて、うれしかった。無有日記に触れて、時々出てくるどうしようもない悲しい気持ちも、元気になってきた今だからこそ、安心して出てきてくれるように感じられます。太陽の光に照らされて、どんどん回転して、処理されていくといいな。
 昨日も今日も、カフェにいると、次から次へと全身黒づくめの装いの人が周りの席に集まってきて、今日は、そのことをノートに書き始めたら、いつの間にか傍に、きれいな色のハワイアンの恰好をした外国人のカップルが座って、その後も黒い人たちが来なくなって何か面白かった。黒に、何となく今までにはなかった怖さのようなものを感じるようになって、だから、太陽からかけ離れたその色から自由になって、本来のハッピー感をどんどん大きくさせていこう。




11月13日
 先日のワークの後からは、寒気と共に、イヤと払い退けたいような気持や、切なくて悲しい気持ちがたくさん出てきます。ワークで教えてもらったことを想っていると、ほんの30分~1時間ほどで湿度計の表示が40%から49%になっていて、身体から出ていく静電気なのか集まってくる静電気なのか分からないけれど、その湿度の変化に驚きます。
 今朝は、雲が厚くて太陽が見えなかったけれど、買い物の帰り道、ふと何気に想ったことがあって、そしたら急に、雲間から太陽が現れて空が明るくなって、背中がほわっと温かくなりました。ああ、そうなんだなあって嬉しくなる。太陽が応援してくれている。




11月11日
 調和ある関係性には、信頼や生かし合う喜びがあるだけだから、ただそうであれるよう、要らないものを外しながら、大切にその原因を育んでいきたい。そうして少しずつ育んでいられたら、知らなくてもいいことは、その時が来るまで知らないままでいられて、その時は、とても自然に迎えられるような気がする。
 知らされて、気持ちにブレーキがかかり残ってしまう時は、そうさせる意図的な動きがあることを感じる。テーマによっては、簡単にスルーできない時もある。そうすると、何度も人を替えて、同じ働き掛けがある。その時の心の動きは、自然じゃないから、それは(その原因は)嘘なんだなと感じて、無視して外す。




11月9日
 昨夜と同様、寒気がしてそのことを日記に書こうかなと思い、その前に無有日記を読んで、早速下書きしていた日記を、青いボールペンで書いてみたら、とても軽く感じてなんだか嬉しい気持ちになり、身体が一気に熱くなってきて、その日記をアップするのをやめました。無有日記がアップされる度に、様々な反応がありますが、心が喜んでいるんだなあと感じます。



11月7日
 ・時々、GAPに寄ってみると、今はアウトレットコーナーにカラフルなTシャツが沢山あって、安いから嬉しくなって買ってしまいます。毎日着る服だから、気軽にいろんなきれいな色を楽しめる、こんな手頃な値段のTシャツがすごく有難くて、薄いTシャツだったら2枚重ね着したり、首に綿の薄手のストールを巻き付けたりすれば、多少肌寒い時間帯でもそれだけで十分です。この頃は、半袖でいるだけでチラッと見られることが多くて、健康で元気でいることは、それだけで影響力があるんだなと感じます。


 ・人は、優しい想いが普通にあると思うから、そうではない何かが意思表示するような出来事があった時、それに対して抵抗するような不安は持たなくていいんだなと思います。全ては、必要性の中に居ると感じると、人として、優しい平和な気持ちは全ての基本だから、自信を持ってそのままでいて、そしたら、その時きっと、何かが力強く流れて、そのままではいかない道が普通に出来るんじゃないかと、今は感じられます。
 LED照明で、おかしくなってしまう自然界の動植物の姿や、道路がひび割れたり陥没したり、コンクリートや鉄が脆くなったりしていく目の前の事実を見て、何とかしなくては、と想うのは、普通の人の普通の反応だと思います。だから、ただ、訪れるタイミングの時に、何も考えず、思いつくまま伝えるべきことを伝えて、人として当たり前の気持ちを表現するだけ。




11月5日
 真、て、、、と、街の雑踏の中を歩いていてふと想った。真っ青な青空が広がっていて、太陽が光輝いていて、今日も半袖でも暑いくらいだったけれど、周りを見渡しても半袖の人は見当たらない。電車に乗れば、いつも色がなくてモノトーンの暗い世界。眠りこけている人も、たくさんいる。目の前のことは、そのままそこにある本質を現わしているだけだけど、それを感じる感性が繋がっているところが、真、なのかな。この人間社会には、真はどこにも見えないように感じるけれど、自分がふと想うこと、感じることに真は息づいていて、それは自然界とも、その空間とも繋がっているのかなと、何となくぼんやり想って、何かうれしくなった。




11月3日
 ・自然界の動植物とのコミュニケーションって、思考とは全然別のところで行われているのかなあと、ふと感じられるようになってきて、優しい気持ちになる。感じることはあっても、そういう風に考えたことはなかった。でも、本当はずっと行われていた営みなのかもしれないな。だから、LED照明に対して、思考ではないところで動き出す何かがあるような気がする。自然界を破壊するLED照明が好き、ということがどういうことか知って欲しい。身体の中にいる微生物たちだって、いつまでもLEDに付き合っているわけない。


 ・普通の人だったら、いくつになっても、むじゃきな気持ちはずっと大切にされるもの。だって、その気持ちは、それが伝わりあう空間では、何もかもが優しくなるように感じるから。
 それを怖がって、バカにして、そこに一切の価値を認めようとしない空間にいて、不安になって、自信を無くして、自分を見失って、そしてまた、自分を取り戻して、自信を持って、むじゃきな気持ちを全開にしていく。ただただ、周りの自然界が嬉しい、優しい空間を創りたいだけ。だから、その無表情も、無関心も、冷たさもお構いなしに、それを自分の内側一杯に大きくさせていく。




11月1日
 何か、とても力強い、平和で揺るがない、そんな想いが湧いてきます。これが本当の自分の想い、なのかな。本当は、こんな想いがあったけれど、そうは思えなかっただけなのかな。この感覚でいいという、自信のようなものが、初めて少しだけ持てたような気がして、目が覚めてすぐ書き留めた。今日の太陽と、雲一つない青空。半そででも暑くて、何をしていても身体の芯がずっと熱くて、汗をいっぱいかいた一日。






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